かつての塩倉の並び(明治の姫路百景)
さしもよく日本の塩を産み出してくれた事業も、時代的にその製法も変わって、もうあの炎天下の重労働の塩田作業も、その後に改められた流下式の製法もまさに終止符を打てば、もうそれに伴なう塩倉というのも不要になるのも当然である。
そこで長い歴史を伝えていたこの倉の並びも忘れられ、すてられてゆくのか、見らるる通り、瓦はずれ、美しかった白壁も雨風にたゝかれて落ちてもそのままに放棄され、何れは崩れてゆくのだろうか。
(出典:明治の姫路百景)