多野宇吉(芸名:竹澤宇吉)
人物プロフィール
- 氏名:多野 宇吉(たの うきち)
- 芸名:竹澤 宇吉(たけざわ うきち)
- 出身:飾磨郡白濱村字宇佐崎
- 生年月日:嘉永5年(1852年)9月18日
- 父:馬七(薬商:蒟蒻の製造販売)
- 特徴:驚異的な記憶力と暗算能力(全盲のハンデを克服)
- 専門:浄瑠璃
生涯と事績(白濱村誌より)
氏は嘉永五年九月十八日、飾磨郡白濱村字宇佐崎に生る。父馬七、蒟蒻の製造販売を業とす。氏、生後五十日餘にして眼病に罹り、療養効なく視力大に衰え、殆ど盲に近き不幸の身となる。
然れども、生来記憶力旺盛にして、一度耳にすることは決して忘却せざりしと。暦の如きも、年の初めに他人に請ひて之を聞き、年中之を利用せしが如き、或は如何に複雑なる計算も常に暗算にて之を解し決して誤ることなしと。
幼にして、同村の某及姫路の某等を師匠とし浄瑠璃を稽古せり。長じて芸名を竹澤宇吉と称す。氏、亦勤勉にしていそしむ傍、村の若者に浄瑠璃を教ふるも、必ず終日の家業を終へし後に教へ、之が為め夜の更くるを厭はざりしと。就きて習ふもの多く、氏の訃に接するや、門人之を悼み、一同相諮り八正寺境内に碑を建て之を後世に傳ふ。
氏、至孝にして、老を養ふこと甚懇切なりと。郷人、以て範となすと。在世中、誰に学ぶとなく家相方位、病気、運命吉凶禍福等を判断したれば、村民之を敬慕し、常に氏を呼ぶに先生の語を以てし、事ある毎に訪れて判断を乞ひたりと。
(出典:白濱村誌・人物古城跡地学之部 大正5年9月調)
顕彰碑
碑の所在地:八正寺(はっしょうじ)境内
門人たちが多野氏の功績を称え、後世に伝えるために建立されました。全盲という困難を抱えながらも、勤勉に家業をこなし、若者の教育に心血を注いだ多野氏の精神は、今も地域に語り継がれています。