九代目 木村玉之助
人物プロフィール
- 本名:井上 武吉
- 出身:飾磨郡白濱村字宇佐崎(旧・白濱村ノ内宇佐崎)
- 生年月日:万延元年(1860年)7月10日
- 没年月日:明治38年(1905年)2月21日(享年46歳)
- 職業:大相撲行司(大阪相撲協会)
- 系譜:尾上惣一郎の二男。後に大阪の商人・井上某の養子となる。
生涯と経歴
本名は井上武吉。万延元年七月十日、白濱村舊宇佐崎に生まる。尾上惣一郎の二男なるが、当時大阪在住の井上某の養子となり、井上姓を名乗る。幼時より相撲を好み、子供相撲をなす時には常に行司をなしたりといい、幼少のときより相撲の行司に異常なまでの関心を示す。
十二歳の時、始めて大阪相撲協会に入り、行司となり、正重の名で十五歳のとき行司として初土俵を踏む。漸次昇進して重正と名乗り、終に八代目木村玉之助の後を受けて九代目木村玉之助となる。この間、大阪相撲協会に対し功績あり、同協会より大阪天王寺(四天王寺)に碑石を建設せらる。
後に協会を辞し、明石にて商に従事し商いを営んでいたが、明治三十八年二月末に不帰の客となれり。行年四十六才。
(出典:白濱村誌 / 飾磨郡誌 / 灘中学創立25周年記念誌 / 灘の喧嘩祭り絵巻)
名跡「木村玉之助」の変遷
戦前、東京の相撲協会と合併した当初、立行司は「木村庄之助」「式守伊之助」「木村玉之助」の3名であった。昭和26年(1951年)の副立行司制時には、木村玉之助は副立行司名とされた。
昭和35年(1960年)1月の行司定年制施行に伴い、その名跡は襲名されないまま現在に至っている。
(出典:灘地区の地域資源)
