惠光山 最勝寺[眞宗本派]
最勝寺の沿革
當寺は天文十四年了善の開基する所にして寺號を公稱せしは元祿八年十一月三日九世惠順の時也、現時の本堂は寳暦九年八月十一日の火災後の再建にかゝる、内陣本座一等にして檀家五十六戸、境内二〇九坪あり、姫路光源寺の末寺なりき。
當寺の開基に關し、社寺明細帖は應永五年十一月二十二日了善開基に作れども、最勝寺過去帖には、
開基了善、元亀元庚午年六月二十八日寂
とありて了善が應永の比の人ならざるは明か也、本書天和二年の本末開基帖及び延寳三年の妙覺寺記録に據りたり。
(出典:飾磨郡誌)
地域資料による補足
本寺は真宗本派で、弥陀如来(堯雲作)をご本尊とする。当寺は天文14年(1545年)了善が開基した。
寺号を公称したのは元禄8年(1695年)11月3日、恵順の時である。
現在の本堂は、宝暦9年(1759年)8月11日の火災後、再建されたものである。
当寺は、檀家が56戸、境内が209坪で、姫路光源寺の末寺である。
当寺の開基については、社寺明細帳には應永5年(1398年)11月22日、了善開基として作ったけれど、最勝寺の過去帳には、開基了善、元亀元年(1570年)庚午6月28日寂とあるので、了善が應永の比の人でないことは明らかで、本書大和2年の本末開基帳及び、延宝3年(1675年)の妙覚寺の記録に記されていた。
(出典:灘地区の地域資源)
