百合ノ崎地蔵
建立の概要
- 名称:百合ノ崎地蔵
- 建立:昭和12年(1937年)5月
- 所在地:宇佐崎東踏切のそば
- 背景:大正12年の山陽電鉄開通に伴う踏切事故頻発を受け、安全祈願のため建立
- 発起人:浜田哲次、浜田カヨ、岡本こしげ 氏等
建立の背景と歴史
8支部の地蔵尊は、百合ノ崎地蔵尊と称し、昭和12年(1937年)5月に、宇佐崎東踏切のそばに建立された。大正12年(1923年)8月、山陽電鉄開通に伴い、踏切事故が頻発し、それを憂いた発起人(故浜田哲次氏、故浜田カヨ氏、岡本こしげ氏等)がその安全祈願の為に建立したものである。
現在は世話人も代わりして、船木、寺脇、奥村、竹中各氏がお世話している。一時は青年団が関係して、にぎやかに盆踊りも行われたが、現在は世話人と信者20〜30人の参加で、しめやかに行われている。
戦時中の記録と維持管理
【戦時中のエピソード】
地蔵尊の鐘は戦前の一時期、フライパンの柄を取り外し、紐で吊るして代用したことがあった。
【維持管理】
カネノオ(飾り)は毎年信者より少額の寄進を集め、その寄進者の氏名、年齢、干支を布地に書き入れて新しく書き換える。遠方に移り住んだ人たちの寄進も多い。
(出典:灘地区の地域資源)
